天塩川冬の陣・後編

キャッチしたイトウを
手早くリリースした後、
まずはフックを
新品にスパッと交換。

その後、
ラインチェック、
ルアーの結び直しという
いつものルーティンを経て、
再チャレンジの
準備は完了となった。

ただ、
ここで前のめりに
なり過ぎるのは良くないので、
一旦手を止めて深呼吸。

頭にしっかりと
酸素を充填してから、
おもむろに
キャストを再開する。

するとどうだろう、
その一投目、
期せずして
「まさか」が起こったのだ。

着水直後のルアーめがけ、
激しい水しぶきをあげながら
イトウが猛然と
襲い掛かったのである。

予想外の
出来事ではあったが、
直前のイトウとのファイトで
すでに腕は温まっていた。

サイズも
一尾目と似たり寄ったり。

落ち着いたやり取りで
手早くイトウを寄せ、
魚体に触れることなく
サッとリリース。

中・小型のイトウは
できるだけノータッチリリース。
そうそう、
これが自分なりの
流儀だったんだっけな。

過去の経験から
連続バイトをほとんど
期待できないはずのポイントで、
中・小型のイトウが
2キャスト2ヒット。

反面、
「出ればデカい」が
特徴であるはずの場所なのに、
なぜかビッグワンが出ない。

う~ん、
こんなことは
今まで一度も
なかったよな~。

だから、
この出来事をどう捉えてよいのやら、
自分でもよくわからない……
というのがこの時の
率直な感想ではあったかな。

正直、普段の自分なら、
「イトウ2連発」という
期待以上の結果に満足し、
すぐにこのポイントを
後にしていたと思う。

でも、
この時だけは違った。

中・小型のイトウが
2本も入っていながら、
ビッグワンが入ってない!?

本当に
そんなことがあるのか、と……

心から
そう思えたからこそ、
集中力が途切れることは
なかったのだろう。

「居るならココ」
と狙いを定めた次の一投・・・

その事件は
起こったのであった。

そう、
おそらく一生記憶から
消え去ることがないであろう、
衝撃的な出来事が……

ククン…

そのアタリは、
本当に本当に
小さな違和感でしかなかった。

けれども、
渾身のアワセを入れた瞬間、
ただならぬことが
今、まさに目の前で
起こっているのだと
否が応でも気づかされることに。

適度な濁りを含んだ
本流の流心脇で、
必至に首を振り続けるその魚体は
少なくとも過去に一度たりとも
つながったことがない
大きさであり、太さであったのだ。

いやいや、
「つながったことがない」
は正確じゃない。
未だかつて自らの眼では
一度も見たことがなかった、
まさにド迫力の絵面、
かつ驚愕の景色だったのである。

ところが
不思議なことに、
その時の自分は、
どうしたことか至って冷静。

その理由を
明快に説明するのは
とても難しい。

けれども、
サクラマス用ロッドに
ナイロン14lbラインの直結という
極めて不利な状況での
ファイトを余儀なくされたことで、
むしろ開き直りが
生まれたというのはあるのだろう。

そう、
弱小な野球チームが
甲子園常連校をあと一歩まで
追い詰めた時のようなあの感覚。
持てる力をすべて出し切り、
それでダメなら
仕方がないじゃないか、みたいな…

そんな良い意味での
開き直りは、
火事場の○○力を発揮するのに
必ずひと役買ってくれるもの。

事件が起こった刹那、
理想とも言える
超前向きなメンタルを、
無意識のうちに手に入れることが
できていたのかもしれない。

とは言え、
相手は化け物級のイトウ。

そう簡単に
思いどおりにはさせてくれない。

どんなに
大きいイトウが相手でも
最長90秒では
ファイトを終わらせる。
そんなマイルールなんて、
なす術もなくあっさりと崩壊。

2分、3分と
時間が経過しても、
主導権を奪うことができないまま
耐える時間が続くばかりで、
ロッドを握る右腕には
乳酸がじわじわと
溜まっていったのであった。

けれども、
こちらだって
この千載一遇のチャンスを
簡単に逃すわけにはいかない。

命がけのイトウも本気なら、
これまで人生を賭けて
鱒たちと向き合ってきた
こちらも本気。

たとえ疲労の蓄積で
右腕が機能しなくなったとしても、
この魚だけは絶対に獲る!

もう何年も
自分の中で味わうことがなかった
ひとりのアングラーとしての
胆力みたいなものが、
この時、不意に蘇ってきたのだ。

本気の魚と
本気のアングラーが
天塩川を舞台に
ガチンコ勝負を展開する。

そんな絵面を俯瞰してみた時、
緊張感みなぎる現場には
なんとも似つかわしくない感情が
ふと湧き上がってきた。

心地よいというか、
本当に幸せな時間だな、みたいな……。

なぜ、この上ない緊張感と
ゆるゆるな感情が
呉越同舟していたのかは、
今でも謎でしかないのだけれど、、、

それから
どれほどの時間が
経過したであろうか。

いよいよフィナーレが
近づいてきたぞという確かな感触と
一つの油断が
事態を暗転させかねないという
恐怖心がないまぜとなって、
心を大きく揺さぶる。

だが、
互いにヘロヘロになりながら
激しい攻防戦を続けてきた相手には、
もはや敬意しかない。

仮にここで
フックアウトしてしまったとしても、
何もなかったことにはならないのだから
もうそれでいいじゃないか。

そんな想いが
自らのメンタルを
ブレずにずっと
支え続けてくれた。

そして、、、

いや~、
この瞬間は、
本当に言葉が出なかった。

メーターすっぽりネットなど
まったくの役立たず。

なんとか浅瀬に
この巨大なイトウを横たえた瞬間、
右腕はついに限界を迎え、
思わずロッドをヨシ原に
放り投げてしまったほどの疲労感。

互いに
息も絶え絶えとなり、
数秒間は完全な放心状態に
陥っていたのではないかと思う。

けれども、
ここでふと
我に返ることとなる。

このサイズのイトウを
酸欠状態に長く置いてしまったら、
回復は簡単じゃないぞ!

すぐにそう気づき、
慌てて行動に移すことに。

まずは
呼吸ができる
水深のところに誘導し、
態勢を安定させることに注力。

写真に関しても
無理にポーズを
決めさせるのではなく、
イトウ自らが
姿勢を整えたタイミングで、
ササっと数カットだけ
撮影させてもらうことにした。

ここのところ
ずっと出番を失っていたメジャーを
ベストから取り出し
一応サイズを測ってみたりもした。

でも、
ここでは
あえて結果の公表は
差し控えようと思う。

なぜなら、
魚の長さだけが
独り歩きしてしまうのは
本意でないからだ。

あえて言うなら、
ロッドのリールシートから
バットガイドまでの長さは約70cm。
この事実を
キャッチ直後に撮影した
下の写真に当てはめて
イメージを膨らませてもらったら、
おおよそのサイズ感は
ご理解いただけるだろう。

こうして、
右腕にまったく力が入らない状態に
陥ったのと同時に、
達成感がカラダ全体支配し
あえて翌日も河畔に立つべしという
モチベーションは
完全に消え失せてしまったというわけ。

そんな状態で
迎えることとなった翌日の後夜祭は、
これ以上ないほど
充実した時間となった。

圧倒的なポテンシャルと誇る
「天塩川」というフィールド……

また来年も、
この川に立てるよう
がんばって体力維持に
努めないといけないな(苦笑)

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