前回の投稿から
間が開いてしまって申し訳ありません
翌日は、
この時季らしい
北西からの季節風が吹き
湖面をそれなりに波立たせる状況。
ただしこの風は、
インレット由来の冷水や
溶存酸素量が少ない「悪い水」を
運んでくることもしばしばなので、
およそ楽観できない
コンディションではあった。
そして案の定、
スタートから
ファーストバイトまでに
少しばかりの時間を要すことに。
だが、
ノーバイトで終わることを
危惧していたくらいだったから、
まずはバイトがあっただけでも
ヨシとしなければいけないだろう。
バイトの正体は、
前日に引き続いての
ランドロックサクラマス。

サイズは前日の個体と
似たり寄ったりではあったが、
体型はまさに板マスそのもの。
過去20年を遡ってみても、
屈斜路湖で
こんな体型のランドロックサクラが
釣れた記憶はほぼない。

う~ん、
湖の魚の数が
昔と比べて減っていると考えれば
決して不思議なことでもないのだが、
その原因については
もうちょっと精査しないといけない。
そんな気がしている。
そして次のバイトが、
協定破り釣行最後の
鱒との接触となった。
小規模インレットに移動した
その一投目でヒットしてきたのが、
この中型アメマス。

まあ、この魚に関しては、
今も昔も大きくは変わらない。
あえて言えば、
アメマスも昔と比べれば
アベレージサイズが
確実に大きくなってはいるけれど、、、
そんなこんなで、
今年の初釣りは終了。
次に自然フィールドで
ロッドを握るのは、
おそらく3月の
支笏湖になるんじゃないかな。
いや~、
毎年のことではあるけど
この冬の屈斜路釣行は
特に寒かったなあ~
[私見]
屈斜路湖における鱒たちの位置づけと
写真掲載等に関する判断基準について
屈斜路湖に棲息する鱒たちの中で、
北海道漁業調整規則において
一定の条件の下で採捕禁止になる
「ます」に定義づけされているのは、
「さくらます」と「べにます」の
2魚種となっています。
つまり、
ニジマス、イトウ、
アメマス、オショロコマに関しては、
規則上、特段の制限なく釣っても良い
という解釈になるでしょう。
ところで「さくらます」に関しては、
同規則中に
以下のような表記があります。
さくらます(やまべ(さくらますのうち、ふ出後引き続き淡水域に生活する
期間におけるものをいう。第38条第2項及び第41条第1項において同じ。)を除く
つまり同規則では、
降海しないサクラマスを
「やまべ」と定義づけ、
降海する「さくらます」と
明確に区別していることになります。
しかしながら
釣れた魚が「さくらます」なのか
それとも「やまべ」なのかを
その場で確実に判別するのは
100%無理。
よって、
釣れた魚が「さくらます」であると
疑われる事情が少しでもあったのだとすれば、
採捕と捉えられるリスクをはらむ行為を
慎むのが正しい選択なのだろうと
個人的には考えています。
そうすると、
屈斜路湖で釣れた魚が
降海した「さくらます」であると
疑われる場合って、
いったいどんなケースなのかが
重要な問題となってきます。
私はビジュアルのみをもって
降海したか否かを判別できるとは
考えていないので、
パーマークが残っているからOKとか、
銀毛しているからアウトと
判断することはなく、
「さくらます」の遡上時期に
屈斜路湖で釣れた魚は
禁漁対象魚種である可能性が高い。
そのように考え、
実際に運用しているところです。
具体的には、
道東河川で海から遡上が始まる
ゴールデンウイークあたりから
湖の流入河川で産卵行動が見られる
11月中旬くらいまでの間に
屈斜路湖でサクラマスがヒットした場合、
銀毛していても
その個体がランドロックであるとは決めつけず、
魚体に触れず即リリース。
そんな対応をしています。
もちろん、
規則の中で
明確な線引きがなされていない以上、
私と異なる解釈が存在するのは
むしろ自然なことですし、
私の解釈が唯一無二の正解と
確信しているわけでもありません。
ですが、
ちょっとでも危ないことは
やめたほういいと考えたとすれば、
突き詰めて言うと
本流やまべを狙って釣ることだって
危ないっちゃ危ないわけで、、、
一般のアングラーが
そこまで自主規制する必要なんてないし、
ましてや他のアングラーに
個人的見解を押し付けるのは
明らかに越権行為であるというのが
私の個人的見解となります。
コロナ禍の時もそうでしたけど、
自意識が異常に高い
自粛警察が登場しちゃった瞬間に、
問題がさらに
ややこしくなってしまいますから。
その一方で、
ルールがあいまいだからと言って、
何でもかんでも
自分に都合の良い解釈をしていい
というわけでないのは当然のこと。
コンプライアンス上の
問題がないことを
根拠を持って説明できないのなら、
その行為はやめたほうが無難。
そんな冷静な判断も
同時に求められるのではないでしょうか。
せめて鱒釣りの領域くらいは、
多様な価値観を
互いに認め合える
寛容な世界であり続けてほしい。
日々、そう願うばかりです。