狂気じみた水辺のカムイたち

前回からつづく)

迎えた翌朝、
天気は晴れ、そして無風。

放射冷却現象が発生し、
外気温は、車の温度計で
2℃を指していた。

暑いよりは
よっぽどマシだけれど、
あんまり条件は良くないよな……。

この日、宿を出る時点では、
さしたる期待も
していなかったのだが、、、

ところが、である。

そう、この日の僕は
狂気じみた水辺のカムイたちに
思いがけず
遭遇することになったのであった。

6月、道北の夜明けは早く、
日の出は午前3時台。

晴れている日なら、
午前3時前から
東の空は明るくなりはじめる。

この日、
宿を出発したのは
午前3時半前のこと。

もうこの時点で、
ペンライト無しでも
ラインを結べるくらい
周囲はすでに明るくなっていた。

朝イチ、
到着したエリアは
潮の満ち引きの影響を受ける場所。

ただ到着時には、
ほとんどカレントがなく、
風もないので
水面は実に穏やか。

う~ん、
なんとなく気配が薄いな……。

さらには、
常連とおぼしき
何人かの先行者の姿も見える。

あらあら、
平日のこの時間でもこの状況か……。

ネガティブな
情報のオンパレードだったけれど、
まあ、ボヤいたところで
ただただ非建設的なだけ。

差しあたって
先行者と干渉しないスポットを選び、
すべての先入観を捨てた上で
何はともあれ、
ひとまずエントリーしてみることにした。

選んだ場所は
イトウがしばしば利用する定番の
フィーディングスポット。

……なのだけれど、
この日は、
あまり魚の雰囲気を感じない。

う~ん、やっぱり
もう"祭りの後"なのか???

ふと、そんな不安も頭をよぎるが、
ネイティブトラウト相手に
あれこれと
悲観的な妄想をしても仕方がないので、
しばし、キャストはせずに
水面を観察してみることにする。

そんなこんな、
しばらくその場で待っていると、
ついにトンギョの群れを発見。

しかも、それなりに
まとまった数の
大きな群れである。

水面に異常がないか凝視していると
ボイルこそ起こらないが、
トンギョたちが
なんだかずいぶんと
ソワソワしている様子がうかがえる。

うんうん、
彼らは間違いなく
ロックオン状態に置かれているな。

こういうケースで、
自らがキャストしたルアーに
イトウをバイトさせるのは
そうたやすいことではない。

狙い撃つタイミング、
10cm単位のズレも許されない
アキュラシーの高いキャスト、
そして、違和感のない着水音……

過度なプレッシャーにさらされ
頭脳が極限レベルにまで
磨き上げられたイトウには、
これらすべてが
完璧に噛み合わない限り、
決して口を使わせることはできないのだ。

経験的に、
僕はそのことを知っている。

だって、そうだろう。
これだけの数のリアルベイトが
目の前をうろついている中で、
賢いイトウが
わざわざ"ニセモノ"に
喰いつかなければいけない道理など
あるはずがないのである。

確かに、相手が
"ニセモノ"を
見慣れていないイトウであれば、
苦もなくヒットへと
持ち込めてしまうことだって
普通にあるのかもしれない。

いや、むしろ
その帰結のほうが
よくあるオチであるとも
言えるのだろう。

だが、
多くのアングラーがひしめく
超激戦区となれば、
まったく話は別。

ボイルしているイトウを
バイトに持ち込もうとすれば、
そのスポットをめがけて
ただルアーを撃ち込めばいいというほど
単純な話ではないのである。

そこからしばらくの間、
トンギョの動きを
よ~く観察しながら
キャストのタイミングを計る。

構えては思いとどまり、
ヨシと思っては躊躇する、の繰り返し。

そして、「今だ!」、
と確信が持てる瞬間が
ついについにやってきた。

ココと決めたピンスポットに
慎重にルアーをキャスト!

すると……

着水とほぼ同時に、、、

ブン、ブン、ブンブンブンブン……

あれっ、小さい!?

確実にバイトを
捉えることはできたのだが、
感触は控えめ。

バットを思いっきり
フルスイングしてみたけど
打球に角度がつかず
シングルヒットになっちゃった……。

正直なところ、
やや拍子抜けした感もあり、
感覚的には
だいたいそんな感じだったと思う。

とはいえ、
魚は小さくとも
釣り難しいと思われる個体を
バイトまで持ち込めたことは
素直にうれしかった。

無駄に時間をかけることはせず、
すぐにランディング。

推定、70cmクラスの
かわいらしい個体である。

確かに、
期待のサイズでなかったのは事実。

でもまあ、
このサイズのイトウが
すでに超頭脳派にまで
成長しているということは、
この先がなんとも楽しみになる。

そうそう、
このサイズで一度釣られたことにより
天才クン予備軍に
さらなる知恵付けを
できたということだからね。

ファイト時間が短かったので
こういう時は
イトウの回復も早い。

丁寧にリリースして、
次のチャンスをうかがう体勢に
すぐさま移行。

すると、単発ながら
目の前で激しいボイルが起こったのだ。

どうやら
トンギョの大群を
狙いすまして
一網打尽にしているらしい。

ボイルの主は、
先ほどの魚とは
比べものにならないくらいのデカさ。

姿こそ見えなかったが、
波紋の大きさから見て、
メーター前後のサイズであることは
ほぼ間違いない。

ただ、そうだとすると
おそらくチャンスは多くないはず。

少なければワンチャンス、
どんなに多く見積もっても
およそ3キャスト以内に
勝負をつけられなければ、
完全にこちらの敗北となる。

ボイルは
それっきりだったが、
ベイトフィッシュの動きから
近辺にイトウがいることは
ほぼ確実だった。

イトウの行動パターンに
思いを巡らせ、
あれこれと作戦を練ってみる。

そして出した答えは、
極力イトウにプレッシャーを
与えないようにしながら、
あえて1投だけ
捨てキャストを入れる。

要は、その捨てキャストによって
「より大型の旨いベイトがいるよ」と
イトウに認識させておいて、
その次のキャストで
ズバッと仕留めるという作戦だ。

予定どおり、
まずは捨てキャスト。

気持ちいいくらい
狙った場所にビシッと決まり、
ルアーの回収もスムーズにできた。

そして、、、

勝負の2投目、
集中力が高まっていた分、
狙いどおりの
完璧なキャストが決まった。

だが、、、

何の違和感を
感じることもないまま、
ルアーが手元まで
戻ってきてしまった。

う~ん、
これでもダメか……。

アプローチに
それなりの手応えがあった分だけ、
ガッカリ感も大きい。

カイゼンできるとすれば、
あとはキャストのタイミングだけ。

次のキャストで
仕留められなければ、
今の僕には
目の前でボイルするこのイトウに
対抗できるだけの
スキルがないということ。

そのことだけは、
自分でもよくわかっていた。

ならば、
次のキャストは、
絶対に後悔なきタイミングを
しっかりと見計らわないといけない。

その一心で、
極限まで集中力を高めていく。

そして、そのタイミングは
すぐに訪れることとなった。

トンギョの大きな群れが
あと少しで
イトウのフィーディングスポットに
差しかかろうとしている。

狙うべきは、
いざ、イトウが
行動を起こす寸前のタイミング。

イトウに
捕食のスイッチが入ってから、
トンギョの群れが
そのスポットに吸い込まれるまでの
わずか数秒間を狙いすまし
ルアーをピンポイントキャスト。

すると、
寸分の狂いもなく
ルアーは着水。

そして、、、

ゴボッ!

ワッシャーン、
ワッシャーン、
ワッシャーン、
ワッシャーン!!!

ルアーが着水するとほぼ同時に
大きな水柱が上がり
大型のイトウが
左右に大きく首を振っている。

よしよし、
これは間違いなく
メータークラスの大型。

超ド級ではないけれど、
サイズ感としては
まったく文句のないレベルの魚である。

似たようなサイズの魚とは、
約2週間前に対峙していたので、
やり取りで
慌てることはなかった。

魚が大きい分、
無理はできなかったけれど、
フッキングに自信があったので、
冷静にやるば獲れるという確信も。

そんな少しの余裕もありつつ、
大型のイトウと
一本のラインでつながった至福の時間を、
じっくりと噛みしめながらファイト。

いつもどおり、
およそ90秒のファイトタイムで
無事、ネットイン成功となった。

やはり、ビックリするような
大きさではなかったけれど、
立派なグッドサイズには違いない。

サイズは、102cm。

この魚でも十分に太いのだが、
2週前の魚と比べて
若干スレンダーな魚体。

その分、重量感は
それほど感じなかったし、
眼光は鋭いというよりは
どちらかというとやさしめ。

どっちがいいというわけではなく、
こんな威圧感のないメータークラスも
愛嬌があって悪くないだろう。

サイズがサイズなので、
念には念を入れ、
エラから空気を入れながら
回復に5分くらい時間をかける。

はじめのうちは
疲労困憊の表情を浮かべていたイトウも
徐々に目力が回復。

最後は、
尾ビレをホールドしていた
僕の右手を力強く振り払い、
元気よく元の住処へと帰っていった。

簡単な勝負ではなかったけれど、
それでもイトウが
ちゃんと口を使ってくれたのは
確実に捕食のスイッチが
入っていたからだろう。

彼らが冷静な時は、
驚くほどに行動が理性的。

その理性が、
あえなく崩壊したという
事実だけをもってしても、
やはりこの日のイトウは
どこか狂気じみていたように思う。

そして、この日の朝は、
これで終わることはなかった。

そう、ポジティブな意味での
さらなる狂気が、
次から次へと
襲い掛かってきたのである。

ただし、もっと言うと、
それでもこの日の朝が
つつがなく
過ぎ去ることはなく……。

今度は別の意味の狂気が、
しだいに自分自身を
苦しめることになるのであった。

(次回に続く)

スポンサーリンク
レクタングル広告(大)
レクタングル広告(大)

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする