(前回から続く)
長いこと釣りをやっていると、
何をやっても
うまく行かない時があったかと思えば、
やることなすことすべてが
気持ち悪いほど
こちらの思いどおりに
運んでしまうこともある。
そう、これは
人生とも重なることだが、
いわゆる、
「ゾーンに入る」ってやつだ。
この時は、
年に一回訪れるかどうかの
まさにその
タイミングだった。
うんうん、
たぶんそんな気がするな……。
ヌ~~
ブウン、ブウン、ブウン……
まあそんなこともあろうかと
次のポイントに移動したその1投目から
いつも以上に集中して
キャストしただけのことはあった。
前回の釣行から
続いていたスランプが
まるで嘘のように
連続ヒットへと導かれたのだ。
ジジジジーーーー
ジィージィージィーーー
しばしイトウのファイトに
翻弄されてしまったものの、
心に余裕があるから
まるで慌てることもない。
いやはや、
釣りはメンタル。
相手が命ある生き物だから
考えてみれば当然のことなんだけど、
ファイト中についそんな思いが
頭の中をよぎったりする。
鱒ってやっぱり、
デッカイ幼稚園生に
常にいろんなことを
学ばせてくれるんだよな……。
ヒットしてから約1分半、
いつものやり取り、
いつものタイミングで
無事にランディングへと
持ち込むことに成功。
今度は先ほどよりも
ちょっとばかり控え目な
80cm台半ばの
オスのイトウであった。
この魚、
体側にはすでに赤味を帯びていて、
いかにも初冬のイトウという
風情を漂わせていた。
一般的な理解では、
イトウが婚姻色を帯びるのは
春になってからと考えられがちだが、
毎年、初冬の川に立ち続けていると、
そこにちょっとした
誤解があることに気づくのだ。
イトウの婚姻色は、
年を越す前の段階から
もうすでに
徐々に体側に浮かび始めている。
そんな
ささやかな事実を
この川の魚たちは
教えてくれるのである。
そしてこの魚も、
うれしいことに
コンディションは絶好であった。
上からのアングルで見れば、
体調の良さは一目瞭然。
ちゃんとエサを
食べていなければ、
こんなぶっとい
胴回りになんかならないだろう。
いいぞ、いいぞ、
天塩川のイトウ、
例年どおりの
素晴らしいコンディションじゃないか。
そして、
その次のポイントに移動しても、
「ゾーン」は継続中であった。
その1投目、
今度はさすがになかったかと
ルアーをピックアップしかけた
その刹那、、、
足元のカケアガリから
イトウが猛然と
ミノーに襲い掛かったのだ。
ロッドティップから
ルアーまでの距離はたった20cm。
うわっ、ヤバッ!!!
こんな時は、
咄嗟の判断が
結果を大きく左右するもの。
瞬時にロッドと
魚の角度を一直線にして、
左手で無理矢理ラインを引き出し
魚との距離を取ることを試みた。
もちろんこれは、
かなりハイリスクな
緊急避難的処置ではある。
が、この状況では、
こちらにできることを
まずやってみる。
それしか手の打ちようがないのだ。
すると幸いなことに、
ひとまずは
ラインブレイクを
免れることに見事成功。
うんうん、
これで第一段階は
なんとかこらえられたかな……。
ただし、
一旦ロッドが
伸された状態になった以上、
フックが伸びかけている可能性を
否定はできない。
なので今度は、
ドラグを一気に緩め、
ラインテンションを
常に最小限のレベルで保持。
フックに
これ以上の負担をかけず、
だまし騙しのファイトで
ランディングまで持ち込もう。
慎重には慎重を期して、
効率は悪いが
最も成功確率が高そうな
そんな作戦を選択したのである。
その分、
いつも以上に
ファイトに
時間がかかってしまった。
が、それでも無事に
ランディングに成功。
そして案の定、
ランディングした瞬間に
フックアウト。
それくらい
フックの軸は、
すでにもう
伸び切っていたのであった。
このイトウ、
サイズ的には、
80cm台前半といったところか。
このサイズだから
獲れたとも言えるけれど、
こんな劇的な展開も
たまには悪くないんじゃないかな。
もちろん、
かなり心臓には悪いけどね(笑)
このポイントは
足場が急峻だったので、
先ほどのワンカットだけ
イトウの姿を撮影してすぐにリリース。
あらあら、
これで直近、
3キャスト3ヒットか……。
まあでも
いつもいつもこんなに
うまく行くわけじゃない。
つい昨日までは、
なんたって
スランプのどん底にいたんだから。
ならば、
素直に今の流れに
身をゆだねておけばいい。
浮き沈みを楽しむくらいの
心に余裕がなくっちゃ、
鱒釣りの本当の魅力なんて
一生、味わえない。
だから、こんな
ジェットコースターのような
ヒリヒリする体験も
人間、時には必要なこと。
過酷な環境の中を
力強く生き抜く鱒たちと対峙していると、
ふとそんなことを
考えちゃうんだよな……。
そんなこんな、
この日はもう満足したので、
早めに宿に入って
積み残していた仕事を
ちゃっかり片付けたりしてみる。
前日までは
そんな精神的余裕はなかったくせに、
釣り人というのは
本当に現金な者だ。
さて、翌日は
午前中に数時間だけ
また天塩川に
立つことができる。
はたして
有終の美を飾れるのかどうか、
それは神のみぞ知る!?
その時は、シンプルに
そんな心持ちだったかな……。
そうそう、
心の余裕って、
なによりも強力な武器になる。
またしても、
それを鱒たちに
教えられちゃったな(笑)
(次回に続く)