(前回からつづく)
早朝の1時間、
しばし充実の時を過ごした後、
少しの仮眠を取ってから
状況をリサーチしておきたい
複数の川へと車で向かった。
基本的には、どこの川も
5月の中旬とは思えないほどの
超渇水傾向。
低温注意報が発令されるほど
気温の低い日が続いていたので
過度な水温上昇こそ免れている。
けれど、そう遠くないうちに、
イトウの活性が
一気に落ちてくるであろうことを
十分に予感させるほど
厳しい状況であったのは間違いない。
例年なら、
まだまだ雪代の影響を
まともに受けているはずの天塩川本流も
釣りに支障がないくらいにまで
水位は下がっている。
上流域に広がる
田んぼの代かきの影響で
粒子の細かい白濁した濁りが
ガッツリ入ってはいるけれど・・・。
それでも、
これから季節が進んで行くにつれ、
日ごとに濁りは薄れていくはず。
もしかすると、
天塩川本流に訪れる
春のプライムタイムは
例年よりも
かなり早まるのかもしれない。
川ばかり見ていても
さすがに飽きてくるので、
この日も利尻富士の雄姿を拝みに
道道稚内天塩線、
通称「抜海線」を走ってみた。
この日も
前日同様、気温が低く、
空気も澄んでいたので、
山の輪郭がくっきり。
それでも、
少し歩いて浜辺に出てみると
波打ち際の景色には
もう早春の寒々しさを感じることは
まったくなかった。
近くの湿原河川の情景も
完全に春本番の趣き。
遠く利礼航路を走るフェリーの姿も
もの悲しさを感じさせることはない。
むしろすぐ目の前に迫った
一年でもっとも華やかな季節を
心待ちにしているようにさえ
感じさせてくれるほど
なんとも凛々しく見える。
・・・って、
ちょっと船がちっちゃすぎて
この写真じゃあ、
よくわからないよなあ~(笑)
正直なところ、
この日の朝までの釣果で
僕は十分すぎるほど満足していた。
もちろん、
満足していたのは、
数やサイズだけではない。
一尾一尾のイトウとの出逢いには
それぞれ違うドラマがあったし、
その一つひとつが
どこまでも心震えるものであったから。
だから、これ以上、
大きいイトウが釣りたいとか
あと何尾追加したいというような感情は
もはや完全に消え失せていたのだ。
でも、僕には、
春の道北の川で、
どうしてもやっておきたい釣りがある。
それは、僕にとって
イトウ釣りの原点とも言える川の
何の変哲もないポイントで
魚を待ち伏せすること。
そのポイントは
僕が人生ではじめてイトウを「釣った」
思い出の場所。
「釣れた」じゃない、
はじめて「釣った」場所なのである。
その場所は、
アプローチが容易なこともあり、
連日のように、
アングラーが入れ替わり立ち替わり
エントリーし続けている。
ただ、そこには
ある法則が存在するため、
タイミングがうまくフィットしない限り
バイトに持ち込むことは難しい。
現に、僕はその場所で
他のアングラーが
イトウをヒットさせているシーンを
一度も見たことがない。
それほどまでに、
ひとクセもふたクセもある
訳ありポイントなのだ。
では、ある法則とはなにか?
まず、前提として、
そのポイントに
カレントが発生していること、
そして風があること、
この2つの条件が揃わないと
この法則は発動されない。
そして、5月の下旬、
2つの条件が揃ったタイミングで、
イトウは必ず
このポイントに差してくる。
時計の針が
午後6時55分を指した
まさにその瞬間に・・・
実は、僕自身、
「法則」という言葉を
安易に使うことが好きではない。
「法則」と呼ぶからには、
高い再現性が求められるのは
当然のことだろう。
おそらく
「傾向」とか「パターン」という言葉で
説明できるシーンならば
きっと、あちこちのフィールドに
普通に存在するはず。
けれど、
「法則」と呼べるほどの状況が
あちこちのフィールドに
普通に存在しているかといえば、
決してそんなことはないのだと思う。
だから、
あえて「法則」という言葉を
選んで使うことは
とても勇気がいることなのだ。
それでも、
この場所には
「午後6時55分の法則」が
確実に存在する。
厳密に言うと、
イトウがやって来る時刻は
その日の気象条件によって
多少前後するから
必ず午後6時55分ちょうどに
差してくるわけではない。
でも、その誤差は
せいぜい、10分がいいところ。
人間が夕飯を食べる時刻よりも
よっぽど規則正しく
その場所に差してくるのである。
もちろん、イトウの目的は
そこで餌を摂ること。
つまり、
フィーディングスポットなのだ。
そう、そのスポットに
ベイトが集まってくるのが
午後6時55分だということ。
だから、規則正しいのは、
イトウよりも
ベイトの方だと言えば
より正確かもしれない。
この日、僕は、
その場所に
午後6時45分に立った。
勝負は、概ねそこからの20分。
20分間同じ場所に立ち
同じ方向にキャストを続ける。
普段の僕のスタイルではありえない
とても異質な釣りなんだけれども
この場所に限っては
どうしてもこのやり方で
イトウを釣りたいのである。
ドン!
ブン!ブン!
ワシャ~ン!ワシャ~ン!
僕のキャストしたルアーに
異変が起こったのは
午後7時03分のこと。
この日は、
およそ8分ほど
誤差があったようだ。
この場所で、この時刻に
イトウとファイトできていることが
僕にとっては、
かけがえのないもの。
しばし郷愁に浸りながら
イトウとのファイトを
心ゆくまで愉しむ。
キャッチしたイトウは
少し控えめな82cm。
でもね、
サイズなんかじゃない。
やっぱり僕にとっては、
この場所でこの時刻に釣るイトウが
なんとも格別なのだ。
思わず感傷的に
ならずにはいられないほどに
心揺さぶられる一尾。
数カットだけ
さっと写真撮影させてもらってから
すぐに回復を図る。
このサイズなら
さほど回復に手間取ることはない。
1分もかからずに
活気を取り戻したイトウは
僕に激しく水を引っ掛けながら
勢いよく流れへと帰っていった。
毎年、毎年、
イトウにチャレンジできるぞという
ワクワクした気持ちと
本当にイトウに出逢えるのかと
不安に思う気持ちが
複雑に絡み合うこの季節。
ありがたいことに
今年も期待していた以上に
心震えるようなイトウとの出逢いを
果たすことができた。
でも、できるなら、
今年もあと一回、いや二回くらい
春のイトウにチャレンジしたいと思う。
そうそう、
残りの人生に訪れる春の回数なんて
もう知れているんだからね。